追憶の昏苑

ブチ壊れた未婚の中年男性の日常生活と思い出を綴った自伝的日記です。 宜しくお願い申し上げます。

追憶の昏苑(その25)

 (続き)……


「尚、その後の調べによりますと、この男性には、傷害と婦女暴行の容疑が掛けられており、警察では、起訴事実が固まり次第、被疑者死亡のまま書類送検……」


『俺』は、報道された事実に驚愕しながらも、ニュースを聴き終えると、テレビのスイッチを切り、ベッドの中から天井を眺めたまま、暫し、思案に耽った。


(昨夜の嵐の中『彼』は、一体、どこへ行こうとしていたのであろうか?目的は?……何のために?……自宅は、確か、店の近所であった筈だ。一体、どこへ?)


茫然と天井を眺めながら思案する中、ふと、昨夜の演奏で、コンガを懸命に叩き続けた『彼』の表情が脳裏をよぎった。
名前も素性も知らない男ではあったが、音楽の演奏という真剣勝負を交えた『あの時間』が答えを導き出してくれたような気がした。


(『彼』は、何かを探しに、否、失われた『大切なもの』を取り戻しにいったのではないのだろうか?それは決して懐古などではなく、一人の男として忘れてしまった『大切なもの』を掘り起こすために、どこかへ向かっていたのではないか?)


コンガを叩き終えた後の『彼』は、満面に笑みを浮かべ、少年のように瞳を輝かせていた。
『俺』は、ぼんやりと昨夜の『彼』の表情を思い浮かべながら呟いた。


「無駄だよ。どこへいったって『探しもの』は見つかりはしないよ……それは貴方の心の奥に埋もれてしまっていた『感性』だったのだから……その『大切なもの』は貴方自身の心の中にあったのさ」


……(完)




 〜あとがき〜


 冒頭にも書きましたが、今回、当ブログに掲載した記事は、ワタクシと、他、複数の人間が体験した事件や事故、そして当時の心情を『俺』と言う第一人称に集約して表現した『回想録』です。
因みに、当記事は、完成当初、千文字単位に分割すると、百ページ以上にも及ぶ長編でした。
しかし、ワタクシ自身、執筆後、読み返しの際に、やはり、度を超した長文は、ブログ記事としては、難解であり、不適切なものだと判断せざるを得ませんでした。
ですから今回、皆様に御閲覧頂いている記事は、かなりの削除を施したものであり、表現が至らない部分は、閲覧者の想像力をもって補って頂くしかありません。


……(書き手)
 
 

追憶の昏苑(その24)

 (続き)……雨は再び激しさを増し、フロントガラスを強く殴り始めた。
嵐に歯向かう思いで、アクセルの上に置かれた右足に力を込めると、スピードメーターの針が、時計の秒針よりも遥かに早く右回転をした。
周囲を流れる光の摩擦が、マンネリズムという心の錆を削ぎ落とし、埋もれていた記憶を脳裏にフラッシュバックさせた。
能力の限界に達したエンジンは、轟音を上げながら高速走行を維持している。
その緊張と恐怖に、全身が震え、身体中の汗腺が大量の汗を噴いた。
やがて俺は、何者かが迫り来る予感に、前方を凝視した。


(光だ!)


遠方から瞳孔を突き刺すほど強力な光が近付いてくる!


あの悪夢と同じ、白く凄まじい光量か迫ってきた!


光の中には、いつもの男が椅子に腰掛けている!


(ちくしょう、打ち破ってやる!)


俺は、アクセルを強く踏んだまま、けたたましくクラクションを鳴らし、攻撃的な雄叫びを上げ、光に向かって一直線に突っ込んだ!


「うおぉーっ!!!」




……衝突の瞬間……白光は一気にスパークして……辺り一面が白色の世界と化した……同時に……凄まじい轟音と衝撃が……全身を……貫き……やがて……俺の……霊を……俺の……身体から……解放して……くれたので……あった……




……




 〜『エピローグ』〜


 目を覚ますと、時計の針は午前十一時三十分を回っていた。
『俺』は、寝惚け眼のまま、ベッドの中からテレビのリモコンを操作すると、ニュース番組にチャンネルを合わせた。
画面には視線を向けず、ぼんやりと部屋の天井を眺めながら、音声だけに耳を傾けると、いつもの女性ニュースキャスターは、昨夜に発生した交通事故のニュースを読み上げていた。


「昨夜、午前二時頃、神奈川県大和市○○の国道467号線で大型トラックと乗用車が衝突する事故がありました。この事故で、乗用車を運転していた神奈川県藤沢市内に住む男性が、全身を強く打って、病院に運ばれましたが、間もなく死亡が確認されました。現場検証によりますと、乗用車は対向車線側に大きくはみ出してトラックと衝突しており、警察では、この乗用車の運転をしていた男性のスピードの出し過ぎによるハンドル操作のミスが、事故の原因と見て……」


ニュースを聞いた瞬間、『俺』は、直感で(あの男だ!)と確信した。
が、更にそのあと、女性ニュースキャスターは、意外な事実を読み上げたのであった……(続く)
 
 

追憶の昏苑(その23)

 (続き)……先程の酔いと興奮が覚めやらぬまま海岸線に入ると、対向車のヘッドライトや立ち並ぶ街灯の光が雨に滲み、流星や小惑星のように輝き、フロントガラスに幻想的な空間を映し出した。


走り慣れた国道134号線を『片瀬』から左折して国道467号線に入る。
道路は交通量も少なく、信号機には殆んどブレーキを踏まされず、走行はスムーズで快適であった。
このまま北上を続ければ国道246号線に突き当たる。
俺は、コンパクトディスクプレーヤーの演奏が終了したのと同時に、ラジオのスイッチを入れ、地元のFM局にダイヤルを合わせた。
何故か、今宵のドライブに最適だと思われる曲が、立て続けに流れてきて、俺を嬉しくさせてくれた。




十八歳の頃、俺は、運転免許を取得したばかりの仲間たちと、流行のロックやポップスを聴きながら、夜のドライブを楽しんだものであった。
初めて走る道路、ハンドルの感触、エンジンの震動、シートに染み付いた煙草の臭い、音楽、終夜営業のレストラン、ドライブイン……その全てが自分たちにとっては新鮮な世界であり、それらの『もの』は、俺の『感性』を敏感に反応させ、渇きかけた心を絶えず潤わせてくれた。
だが、単調に繰り返される冷酷な社会生活の中で、好意は弾き飛ばされ、愛情は裏切られ続け、そして俺は年をとってしまった。
やがて色彩感覚は崩れ落ち、目に見るもの、手にとるもの、そう、全てが無感動の単色画に塗り替えられたのだ。
そして俺は、唯、生活という目的のために、単色画の世界へ身を投じ、無感触な日々の中で、些細な快楽に溺れながらも、紙細工のように脆い城を築き上げ、その小さな砦を守るために、一人の兵士となったのだ。
この生命を維持するためだけに、感情を押し殺し、夢を売り払い、その代償に糧を得て生きてきたのだ。
日常という戦場の中で、錆びた銃を傍らに、枯れ木のように立ち尽くし、時折、とてつもない苛立ちや虚しさに襲われると、己より力なき弱者を痛めつけ、憔悴した心を誤魔化したのだ。
資本主義社会という強大な部隊に配属された下級兵士には、己の精神を食い荒らす魔性に立ち向かう術は、皆無に等しかったのである……(続く)
 
 

追憶の昏苑(その22)

 (続き)……男のボーカルとアコースティックギター、そして俺の叩くコンガの音は、むせび泣き、絡み合い、やがて一つになり、大木のような図太い音を店内に響かせた。
店の外では、一段と雨音が激しくなり、雷が獣の唸りを響かせている。
そんな夜空の雨雲を切り裂くように、男のハスキーな歌声はシャウトした。
ライブの音は恐ろしくリアルだ。
プレイバックが不可能な生演奏は、綱渡りにも似た連続的な緊張感の中で、一寸も狂わぬバランスを保たなくてはならない。
必然的に湿度が上がり、全身から汗が吹き出した。
流れる汗には、過去も未来もない。
あるのは現在だけだ。
時間という激流の中で、魂は現在にとどまりながらも、絶えず未来を過去へと押し流し、その激しい摩擦により、熱を帯て燃え上がる。
汗は、その反抗的な情熱の証として、過去と未来の壁に阻まれた現在を熱く濡らすのだ。
俺たちのブルースは、時間の壁を掻きむしりながら、絶頂のときへとうねりを上げた。
再び外では、嵐の襲来に、大粒の雨が、更に激しく路面を叩き、雷が巨大な怪鳥を思わせる攻撃的な叫びを夜空に轟かせていた。




演奏の余韻に浸りつつ、男に礼を告げ、料金を支払う頃には、時刻は午前一時を回っていた。


店を出るなり、降り頻る雨に身を屈め、慌てて車に乗り込むと、車内の窓ガラスは一気に曇り始めた。
エンジンをかけ、エアコンを始動させると、白く曇ったガラスは徐々に視界を広げていった。
酒の酔いと生演奏による興奮のせいだろうか、俺の全神経は、賦活されたように冴え渡り、高揚していた。
俺は、運転席から助手席の上に手を伸ばし、無造作に置かれた数枚のコンパクトディスクから、その中の一枚を拾い上げると、プレーヤーの挿入口に押し当てた。
オーディオは、小動物を捕えた空腹の獣のように、ディスクを一気に飲み込んだ。
やがてフロントガラスの視界が開け、シフトレバーをドライブレンジに入れるのと同時に、大音量で『イエス』の大ヒットアルバム『危機』が流れ始めた。
俺は、アクセルを強く踏み込み車を発進させると、フロントガラスを叩く激しい雨を、高速作動のワイパーで避けながら、雨に濡れた街並みを突き抜けるようなスピードで海岸線へと向かったのであった……(続く)
 
 

追憶の昏苑(その21)

 (続き)……すると男は黙って頷き、カウンターの隅から一台のコンガを持ち上げると、俺の席の横に静かに置いた。
俺は、座った姿勢のまま、身体をずらしてコンガを正面に腰を据えると、男も椅子を持ち出し、楽器を挟んで俺と向かい合うように座った。
そして、ヘッドの上に両手を伸ばすと、数回、コンガを軽く叩いて見せた。
心地好い音色が店内に響き渡る。
男が手を引くと、俺も見様見真似でコンガを叩いてみた。
男の奏でた音色とは少し違うが、やはり心地好い音が響いた。
そのまま暫く叩いていると、楽器を鳴らす要領を得て、音色や響きも男のものに近付いてきたように思えた。
男は、無造作に楽器を鳴らし続けている俺を黙って眺めていたが、やがて納得したように頷くと、俺の手を制して、自分の両手をコンガの上に載せた。
そして、カウントを軽く口ずさむと、どこか聴き覚えのあるリズムパターンを刻み始めた。


(いい音色だ……)


俺は、暫く店内に響き渡る男の演奏に聴き惚れていたが、時間が経つに連れ、自分でも演奏をしてみたいという衝動に駆られてきた。
胸が踊り、少年のようにときめいてしまったのだ。
『ヒール&トゥ、ミュート&オープン』と、基本的な演奏テクニックを男に教わると、最初はぎこちなかった演奏も少しずつ様になってきた。
覚えたての新鮮なリズムパターンで、楽しそうにコンガを叩き続けている俺の様子を、男は、穏やかな表情で眺めていたが、やがて何かを決心したように立ち上がると、カウンターの隅からアコースティックギターを手に取った。
そして、再び俺の前に座り直すと、素早くギターのチューニングを合わせ、それとともに、俺の刻み続けているリズムに乗せて、コードを鳴らしながら、ハスキーな声でマイナー調の曲を歌い始めた。
腹が据わっている安定した歌声だ。
男が歌い終えると、俺は、誰の楽曲なのかと尋ねた。
男は、少し照れ臭そうに笑いながら「実は自分が作った曲なんですよ」と答えた。
少し仰天して、言葉をなくしている俺の前で、男は、再度、ギターを鳴らしながら歌い始めた。
今度は俺が、男の演奏に合わせてコンガを叩いた。
ブルースだ、それは紛れもなくブルースであった……(続く)
 
 

追憶の昏苑(その20)

 (続き)……俺が懸命に身体を押さえ付けているのにもかかわらず、銃身は少しずつ膣から抜けていった。
女は、狂女の慟哭にも似た叫びとともに、凄まじい抵抗を続けた。
やがて銃口が膣から外れそうになったその瞬間!
俺は慌てて引き金を引いたのであった。
身体の芯を撃ち抜かれた女は、大きく目を見開いたままに絶命した。


自ら繰り広げた惨状を前に、野獣と化した兵士は、独り、友の墓標を思い浮かべた。
否、違う、これは俺の墓標だ。
俺は、この粗末な十字架に心を鎮ませながら、狂気の殺戮を繰り返しているのだ……




……信号が青色に変わり、俺はアクセルを踏み込んだ。
やがて、先程のレストランの照明がバックミラーの視界から消えるのと同時に、大粒の雨がフロントガラスを叩き始めた。




五時間ほどのドライブの後、車が居酒屋の前に到着しても、夜空は断続的に大粒の雨を降らせていた。
俺は、雨が弱くなるときを見計らって車を降りると、慌てて店内へと駆け込んだ。
半袖のシャツから伸びた腕に当たる水滴は、まるで季節を無視したような冷たさで、確実に訪れる秋の気配を感じさせた。
店内では、客は一人もおらずに、いつもの男がポツリとカウンターの片隅に座って、新聞を広げていた。
男は「いらっしゃい」と一言だけ言うと、新聞をたたみながら席を立ち、厨房の中へと入った。


四杯目の生ビールが注がれたレギュラーサイズのジョッキを片手に、注文をした串焼きを摘みながら、いつものように、カウンターの片隅に置かれているアコースティックギターとコンガを眺めていた。
並べ立てられた二台の楽器は、相変わらず手入れが行き届いており、今宵も店内の照明を照り返しつつ、良好なコンディションを主張していた。
俺は、ビールジョッキを傾けながら、楽器を指差し、厨房の中にいる男に向かって声を掛けた。


「あの楽器は君が弾くの?」


男は「ええ」と、控え目な態度で短く答えた。
俺は、沈黙のままに一回だけ頷くと、ジョッキの中で揺れている残りのビールを一気に飲み干した。
ふと、店内の壁に掛けられた時計に目を移すと、時刻は既に午前零時を回っていた。
俺は、再び楽器に目を向けると、コンガを指差しながら男に言った。


「あれ、叩いてみてもいいかな?」


……(続く)
 
 

追憶の昏苑(その19)

 (続き)……俺は、そんな彼らの姿を見下ろしながらも、祈るように何度も頭を下げる夫に銃口を突き付けると、立ち上がるよう命じた。
跪いていた夫は、戸惑いつつも命令に従い、弱々しく立ち上がった。
その瞬間!
俺は即座に銃口を下ろし、男の股間を撃ち抜いた。
その途端、男は、狂人の奇声にも似た妙な叫び声を張り上げ、血液が吹き出す股間を両手で押さえ込み、路面に頭を打ち付けながら、ゴロゴロと転げ回った。
子供たちが大声で泣き出し、女は、悲鳴とともに腰を抜かして尻餅をついた。
俺は、暫く男の叫び声にうっとりと酔い痴れていたが、やがて時間が経つに連れ、その叫び声は喘ぎ声へと変わっていった。
さすがにこれは聞き苦しく思えたので、俺は男の頭部に銃口を当てると、ラジオのスイッチを切るような気分で引き金を引き、喘ぎ声を黙らせた。
すると今度は、二人の子供たちの泣き声も、やたらと耳障りになってきた。
俺は、泣き叫ぶ子供たちの前に歩み寄りながらも、どうしてやろうかと思案したが、すぐに面倒な気分になったので、そのまま銃を振り上げると、力任せに二つの小さな頭を叩き割った。
子供の柔らかい頭蓋骨は、まるで粘土細工のように簡単に窪んでくれたので、俺は無性に嬉しくなってしまった。
そんな無惨な光景を前に、女は、わなわなと全身を震わせながら、路上に這いつくばっていた。
俺は、銃を子供たちの死骸の傍らに放るなり、女に襲い掛かった。
女は、がむしゃらに手足を空転させ、抵抗を試みたが、俺は、その衣服を簡単に剥ぎ取ると、最後の一枚に手を掛け、力任せに引き下げた。
だが、その瞬間、俺は思わず「うっ」と声を漏らしてしまった。
引き下げた下着の股の部分に血液が付着した厚手のガーゼが貼られていたのだ。
女は生理だった。
俺は、すぐさま立ち上がると、横たわる女の腹を渾身の力を込めて蹴り上げた。
女は、短く悲鳴を上げて、海老のように背を丸めて身をかばった。
俺は、銃を拾い上げると、女を押さえ付け、無理矢理に両足を開かせ、銃身を膣内へ差し込んだ。
その瞬間、女は狂ったように足をばたつかせながら身体を捩り、銃から離れようと驚くほどの力を発揮して抵抗を始めたのであった。


(一体、この細い身体のどこに、これほどの怪力が潜んでいるのであろうか?)


……(続く)
 
 

追憶の昏苑(その18)

 (続き)……そして俺は、これから自分が辿る悲惨な運命を悟るのだ。
俺の身体は地表に叩き付けられ、四肢が飛び散り、内臓は吹き出し、誰のものとも分からない肉塊の中に紛れたまま、やがて腐敗してゆくのだ。
俺は、風圧と恐怖に全身を引き攣らせながらも恐るべき早さで落下してゆく……


(落下点が見えた!)


(顔だ!)


そこには男の顔があった。
髪が抜け落ちた頭部と脂ぎった頬を弛ませた中年男性の顔が、目を見開いたまま、恐ろしい形相をこちらに向けていた。
俺の身体は、その男の顔面を目がけて、矢のように落下してゆくのだ……




すっかり陽を落とした国道沿いに立ち並ぶ、夕食どきのレストランは、既に、一家団欒のひとときを過ごす家族連れで溢れていた。
店のガラス越しに映る和やかな光景は、まるでショーウインドに立ち並ぶ高価なブランド品のように、到底、俺の手には届かない別世界のもののように思えた。
信号待ちの間、俺は、店内の照明に照らされた四人の家族連れに目を向けていた……




……戦争は、長期間に渡り繰り広げられ、既に状況は泥沼化していた。
最前線に送り込まれた俺たちの部隊は、遂に、この町で、敵国との地上戦に突入したのであった。
多数の仲間が殺された。
負傷して逃げ遅れた者も、あらゆる拷問の末に殺されていった。
銃撃戦の最中、足を撃ち抜かれて敵兵に捕われた友人も、その翌日、土埃が舞う路上に、全裸にされた状態で、仰向けになって転がっていた。
彼は、頭を銃で撃ち抜かれ、目を大きく見開いたままに絶命していたのだが、俺は、彼の顔面を見て愕然としてしまった。
何と、その口には切断された彼のペニスが、亀頭を上に向けてくわえられていたのであった。
戦渦が長引き、やがて食糧が底を突く頃になると、俺たちの生き延びるための戦いが始まった。
俺は、無法地帯と化した町に巣くう野獣となり、闇雲に殺戮を繰り返した。
荒れ果てた町の路地裏で遭遇した四人の家族連れは、無防備であった。
若い夫婦と二人の幼い子供だ。
俺が、彼らの行方を遮るように銃口を向けて立ちはだかると、若い夫と妻は、跪いて懸命に命乞いを始めたのであった……(続く)
 
 

追憶の昏苑(その17)

 (続き)……やがて、明美の住むマンション付近に到着すると、人目に付かない場所を選び、車を止めた。
と、同時に、周囲を見回しながら素早く車から降り、後部座席から、力なく横たわる明美を抱き上げた。
その瞬間、流血に汚れた唇が、何か、か細い声を発したが、俺は気にも止めずに、その腫れ上がった顔面に唾を吐き掛けると、アスファルトの路上に向けて明美を放った。
続けて彼女のバックを投げ付け、無言のまま、車に乗り込み、その場を後にした。
俺は、そのまま、アクセルを強く踏み込むと、既に暮れ始めた周囲の空気を切り裂くようにスピードを上げ、黄昏の町中へと車を走らせたのであった。




その夢を見るようになったのは、いつの頃からだろうか……俺は、ハンドルを切りながら思案した。
悪夢だ。
とてつもなく現実的な感触が身体中に刻み込まれ、大量の汗が全身を濡らす。


男がいる。
顔はボヤけて正体は不明だが、一人の男がアンティーク調の椅子をこちらに向けて、ゆったりと腰掛けている。
辺り一面は真っ白だ。
壁も何もない空間の中で、白色に染まった空気は、威圧的な輝きを放ちながら、息苦しいほどの圧迫感をもって、その存在を主張していた。
その不自然な空間の中で、見事に調和を保ちながら、椅子に座った男は、優雅に宙に浮いていた。
その光景は、まるで合成写真のようでもあった。
俺は、暫く茫然と思考を止めていたが、やがて自己の存在を意識する。
足の下には何もない……
そう、俺も、あの男と同じように宙に浮いているのだ。
その有り様に驚愕した瞬間に、男は、太く暖かみのある声を響かせながら笑い始める。
俺は、その反響音の波に揺られながらバランスを崩し、やがて恐るべき早さで落下していくのだ。
降下しながらも、自分が叩き付けられるであろう落下点に目を向けると、赤色の地表が見えてくる。
どす黒い赤だ。
俺は、血の海へと落ちていくのであろうか……否、違う、あれは血ではない、肉だ。
引き千切られた無数の肉片が、地表を埋め尽しているのだ。
凄まじい風圧を受けながらも、肉塊に埋め尽された地表を凝視すると、そのとき、初めて恐怖が全身を貫くのだ。
赤い肉塊の合間に見えたものは、人間の手足や頭部であった。
それらは、まるで動物の死骸に巣食う蛆虫のように、肉塊の合間から顔を覗かせていたのであった……(続く)
 
 

追憶の昏苑(その16)

 (続き)……三発!四発!五発!
唇が切れ、前歯が折れ、鼻骨が潰れ、明美の顔面は、瞬く間に、血に塗れて腫れ上がっていった。
しかし、たかが数発の拳を打ち込むだけで、これほどまでに息が切れるものなのであろうか。
俺は、肩で呼吸を調えつつ、深く息を吸うと、渾身の力を込めて、最後の拳を明美の顔面に向けて振り落とした。
原形を留めぬほど変形した顔面の中で、微かな痙攣を繰り返す唇の狭間から、鮮血に染まった下着を抜き取ると、それと同時に数本の折れた前歯が散乱した。
俺は、立ち上がるなり、明美を抱き上げると、浴室へ向かい、ドアを蹴り開けた。
そして、眼下の狭い洗い場の上へと、明美の身体を放った。
明美は、シャンプーの瓶や石鹸箱など、周囲の容器を弾き飛ばしながら、屈み姿勢のままに、洗い場の上へと腰から落ちた。
俺は、透かさず浴槽の上の蛇口から伸びているホースを掴むと、栓を目一杯に回して、勢い良く飛び出す冷たい水を明美の顔面に向けた。
その瞬間、明美は短い悲鳴を上げ、両手で水を払いつつ、身体を捩りながら、こちらに背を向けた。
俺は、浴室に足を踏み入れると、明美の身体を仰向けに押さえ付け、再び、血塗れの顔面にホースを向けた。
血液の混じった水繁吹きが、浴室の壁を赤く染めてゆき、明美は、強い水流に顔面を打たれながら、苦しそうにもがき続けていた。
やがて俺は、浴室の壁や自分の身体に付着した赤い水滴を洗い流すと、水を止め、狭い脱衣場からバスタオルを掴み取り、自分の身体を拭い、浴室の壁を拭き、最後に明美の身体と顔面から乱暴に水滴を拭き取った。
その拭われた顔面は、頬が鼻の高さまで盛り上がり、目の位置も判別出来ぬまでに腫れ上がっていた。
俺は、力の抜けた明美の身体を浴室から引き摺り出すと、脱ぎ捨てられていた服を無造作に着せ、自分も敏速に服を着た。
そして彼女の持参したバックを肩に掛けると、そのまま明美を抱き上げて、部屋の外へ出た。


(人影はないようだ)


急ぎ足で階段を駆け下り、アパート下の駐車場で、車の後部座席ドアを開けると、そのまま、明美と肩に掛けていたバックをシートの上へと投げ込んだ。
そして乱暴にドアを閉めると、素早く運転席に乗り込み、即座に車を発進させたのであった……(続く)
 
 
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